たくさんのごめんねと、たくさんのありがとう。

ご無沙汰してしまいました。


実は先月、母方の祖母との、突然のお別れがありました。

95歳と高齢で、天寿を全うしたということになるんでしょうが、
その別れは、本当に突然のことでした。

祖母の具合が悪いとホームから連絡を受けた母から電話をもらった私は、
すぐにホームに向かいました。

祖母の暮らすホームは、私の家から車ですぐのところにあります。

信号待ちをしていたとき、また母から電話があり、「亡くなったって・・・」と言われ、
何がどうなっているのか分からず、とにかく急ぎホームに向かいました。

着くとすぐ、慌ただしく祖母の部屋に案内され、まるで眠っているかのような祖母と、
静かな対面をしました。

容体が悪いというような連絡は全く受けていなかった私たちにとって、
それは本当に突然のことでした。

2ヶ月前から、普通食が食べられなくなり、栄養ゼリーで栄養を補っていたそうです。

亡くなる前日から呼吸の状態があまりよくなかったそうで、先生に往診をしてもらい、
その日も、夕方までは小康状態で、ホームのみなさんも、まさかそんなに急に、
容体が悪化するとは思っていなかったようで。

なので、連絡もギリギリ・・・というか、間に合わなかったんでしょうね。


祖母は、本当に眠っているように、健やかな顔をしていました。

数年前から、私のことも母のことも、誰だか分からなくなってしまってましたが、
面会に行くと、「誰か分からんけど、知っちょる!見たことある!」って笑ってた祖母。

最後の面会のときも、祖母はニコニコ笑ってました。

機嫌が悪いと、にこりともせず、まったくこちらに関心を持たないこともあったので、
最後の面会のあの時、祖母が機嫌が良くて、ずっと笑顔でよかったなぁと、
祖母とふたりきりの部屋の中で思い返していました。

ちっとも祖母孝行ではなかった私には、後悔もたくさんあります。

だから、たくさん、「ごめんね」って言わなきゃいけないことがあります。

一番はやっぱり、行っても私と認識できないからなぁと、面会に行くことが、
年々少なくなってしまっていたこと。

ばあちゃん、本当にごめんね。寂しい思いをさせちゃったよね。


そして、たくさんの、「ありがとう」の気持ち。

私たちのために働きづめだった母の代わりに、元気だったころの祖母は、
家事全般を引き受けてくれていました。

私が子供のころは、一緒によく、お祭りに行ったりもしたなぁ。

時代劇もよく一緒に見たなぁ。

ホームに入ってから、認知症の症状も落ち着いていて、
小さかったkouやdaiを連れて面会に行ったときには、ふたりにおこづかいくれたり、
「もぞらしいねぇ(かわいいねぇ)」って、頭をなでてくれたりしてたなぁ。

トッチンを連れて行った時には、同じこと何回も聞いてくる祖母に、
トッチンも苦笑いだったけど、それが面白いっていってたトッチンの笑顔。

祖母との思い出には、いつも笑顔がありました。

ばあちゃん、たくさんの思い出ありがとう。

私を、私の子どもたちを、可愛がってくれてありがとう。



そして、ホームのみなさんにも、本当に感謝しています。

家族以上に、祖母の家族として、長い時間を一緒に過ごしてくださったみなさんには、
いいつくせない感謝の気持ちでいっぱいです。

病院ではなく、最後の瞬間まで、住み慣れたホームで、みなさんのそばにいられたこと、
それだけでも、祖母はどんなにか安心して旅立つことができたか。

最後の瞬間まで、祖母を大切にしてくださってありがとうございました。




長い長い人生、いろんなことがあった祖母も、今頃天国で、認知症も治って、
私たちのこと、いろいろ言ってるかもなぁ(笑)



95年間、本当にお疲れ様でした!

たくさんたくさんごめんね・・・

たくさんたくさんありがとう!!!
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by ca-cha | 2015-02-02 21:34 | 日記